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私とドイツ・NRW (Vol.3 前編) 崖っぷちから始まった作曲家への道

ドイツに駐在した経験や思い出を語るシリーズ3回目。今回は、作曲家で情報科学芸術大学院大学(IAMAS)学長の三輪眞弘氏が登場。19歳で渡独した三輪氏は、その時どんなことを感じながら生活したのか? 全文は画像満載でこちらからも閲覧可能

 

僕がドイツに渡ったのは1978年、19歳の時でした。その時からベルリンに6年、デュッセルドルフに12年 - 合わせて18年という、それまで僕が生きてきた年月とほぼ同じ分の時間をドイツで過ごすことになるなど、当時は想像だにしていませんでした。

僕にはこの道しかない、ここでなんとか音楽への道を築かなくてならない − そんな覚悟とプレッシャーを抱えてベルリン・テーゲル空港に降り立ちました。留学を前に、晴れやかな笑顔も、弾む心もない − あるのは悲壮感だけでした。

当時、僕は日本社会から脱落した若者だったのです。いわゆる「進学校」と言われる高校在学中、僕は激しい反抗期にあって、ひたすら社会や大人に対して抵抗し、反発しました。続き>

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